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タバスキ
みなさん、ドウェナティ!
先週の金曜日はタバスキでした。セネガル人にとって、もしかしたら一番嬉しい祝日。なんたって、♪肉が食える肉が食える肉が食えるぞ〜♪の日。

タバスキは、ラマダン(断食月)の二ヶ月後にやってくる、イスラム教の祝日の一つで、「犠牲祭」のこと。その由来は、子宝に恵まれなかったアブラハムが、「子どもを授けて下さったら一人はお礼に捧げます」と神に願い、その誓いを守るために子どもに手をかけようとした瞬間、神が大天使ガブリエルを使わし、「子どもの代わりにこれを殺せ」と羊を与えたという話だそうな。(詳しくは旧約聖書参照)

セネガルで迎えたタバスキは、皆が着飾り、家族が集い、子ども達やお年寄りにお年玉を配り、男達は晴れ着でモスケ(イスラム教会)に行き、女達はバーベキューや料理の準備に余念がない、まさに晴れの祝日。でも、私にとって初めてのタバスキは、 めでたいというよりは衝撃体験だった。

さっきまでメーメー鳴いていた動物が、抵抗むなしく押さえつけられ、首根っこをつかまれて大動脈切断、動かなくなったと思ったら、まだ暖かい体から皮を剥がれ、あれよあれよという間に解体されて、「肉」になる。
生き物を殺して肉を得る、という事実を目の当たりにした後、スーパーでトレーにのった肉を見てもその生前の姿が浮かぶようになり、我が家の食生活は確実に変わって、肉は貴重品扱いとなった。

いつにも増して街中に羊があふれ、「メ〜メ〜」とにぎやかだったダカールも、このタバスキの日を境にピタっとその鳴き声がしなくなる。いつもはお祈りなんてしないが、この日ばかりは空を見上げて幾万かのムトン(羊)の命の行方に思いを馳せた、タバスキの一日だった。
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by gattsaf | 2005-01-25 12:33 | ときどき日記
ギンギンカッギンギンギン
私がセネガルという国に関連づくようになったのは、サバールという、セネガル独自の太鼓ワークショップの参加からだ。初めての太鼓のリズムに、友人と「おもしろかったねー」と、記念に小さなおもちゃのジェンベを買って帰ったのは、もう10年前。

この時のワークショップは、日本人ミュージシャンが開催していたので、リズムも「タンタントン」てな言い方をしていたように思う。
その後、セネガルでサバールだのジェンベだの習ってみると、「ドゥクドゥクドゥクドゥン、ギンギンギンッ」・・・セネガル人先生たちが、口で表するリズムはこうなる。
聞いたままを、ノートに書き留めるのが大変だった。「タンタン」でもなんでもいい、と、彼らは言うが、そうすると、後で思い出しにくいのだ。でも、彼らが言う通りにメモることは、意味があった。「タントンタン」では創り出せない彼らのパーカッションがあると思う。その音楽性は、セネガルポップスにもふんだんに使われている。

レッスン中、ノートに書き留める私を、当初、セネガル人パーカッショニスト達は不思議そうにみていたものだ。「なんで憶えられないんだ?」
彼らのパーカッション音楽は、リズムを何層も重ねて作るパーカッションオーケストラみたいなものだ。その重ね方、組み合わせは、何百通りもあるらしい。
そんなリズムの洗礼を、生まれた時から受ける彼らは、持ってる耳がちがーう。サバールの長いフレーズも、「これを書かずにして、どう憶えろと?」という私と、1度聞けば憶えてしまう彼らの溝は深い。最終的に、新しいリズムを習うと、彼らの方がノートとペンを私にくれるようになった。

これは私の見解だが、彼らは、私がメロディを憶えるように、リズムが頭に入るのだと思う。メロディなら、私だって、1度聞けば、ふふんふん、と口ずさめる。でも、リズム。その時1度はさらりとできても、2つ3つとリズムパターンを習い、あとで、「最初にやったカキランベ(リズム名)をやろう」と言われても、習ったばかりは、記憶頼り。リズムが身体にしみ込んでいるパーカッショニストたちのようにはいかないのだ。サバールのリズムとなると、フレーズは長くなることもしばしば・・・。

おまけに、パーカッショニストってのは、あんなにアナログな生活してるのに、まるでメトロノームのような正確さで、テンポをとる。疲れて、速度が落ちると、すぐにチェックだ。プロフェッショナルなミュージシャンたちは、万国そうなのかもしれないけど、わずかなテンポの狂いさえも聞き逃さない敏感な聴力には恐れ入りました。

週末の夜は、必ずどこかでタンナベール(サバールダンスパーティ)の太鼓の音が、どこからか聞こえてくる。夜通し行われるタンナベールの太鼓を子守歌に眠るセネガルっ子たちは、太鼓の音もリズムも身体にしみこんでいるんだろう。
だからといって、セネガル人の誰もが、太鼓を叩けたり、うまく踊れたりするわけではない。だからパーカッショニストだのダンサーだの、職業が存在するのである。「好き」と「できる」は違うってことだ。

(fatou@吉)
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by gattsaf | 2005-01-16 19:08 | セネガル人ってさ
靴下は毎日洗え
洗濯機なしの生活をする日本人は、かなり少数だろう。私も、洗濯機なしの生活は考えにくい。

しかし、セネガルは、電気代より人手の方が安い国。洗濯だって、手洗いが主流。もちろんそれは、女性の仕事。

でも、老若男女、着飾るのが大好きなセネガリズ。汚れたものなんて身にまとえませんわ・・だもの。汗だってかきますもの。洗濯が大変だー、と思うのは、一般日本的感覚かもしれない。

もちろん、下着は毎日洗う。これ、男性の場合、シャワー時に、自分でささっと洗う人もかなりいる。大抵、お手伝いさん(もちろん女性)が洗濯をするから、他人女性にパンツを洗ってもらうのは気が引けるのかもしれない。

セネガルにいて思ったのは、洋服は、汗をかいても、1日じゃ洗濯しませんね。たいていは。大量に汗をかいたTシャツだって、そのまま干して、乾かして着ちゃうんだなあ。空気が乾燥しているからか、日本ほど臭わないのも功を奏している模様。でも、洗濯をお手伝いさんに頼む時は、かなり洗濯物が溜まってから頼んでいる。ちょくちょく頼むより、一括の方が、安上がりだからかもしれない。

で、靴下。これは、下着と同じように、毎日洗うしろものかと、私は認識していたが、私が知る限りのセネガル人はちがーう。

靴下は、靴の一部 なのだ。

証拠に、夏などは、玄関に脱いである靴を見ると、その靴の中に靴下が入っている。
数年前、親戚に「靴下、洗濯するから出して。靴の中に入れてるの、汚いよ」と私が言うと、「あれは昨日履いたばかりだからきれいだよ」と言うではないか。「昨日?」十分、洗濯もの範囲だ。しかもなんで靴の中に入れてんだ!

洗濯ものを出すことに、遠慮があるのは、断水も時々あるし、手間賃が発生する手洗いを頼まなきゃいけなかった育ちゆえか・・、とは思っていたが、靴下の一件は、汚れの認識の違いも通り越して、「靴下=靴の一部」にちがいない。そう思うようになってしまった。

皮脂汚れ、というのは、目に見えなくても、衣類につく汚れ。だから、皮膚に接した下着以外のシャツなども、着たら洗う、といった感覚があるが、これは、セネガル人にはないとみました。靴下の汚れなんてのは、靴を履くとき以外に靴下を履いていなけりゃ、足裏の汚れなんて見えません。臭わなきゃ、きれい。これが基本??

だから、うちに滞在するセネガル人たち、びっくりするほど、洗濯物を出しません(笑)

簡単に洗濯物をだす日本の生活こそ、洗濯機メーカーにあおられた結果かも、とさえ、思いめぐらしてしまいますわ。

(fatou@吉)
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by gattsaf | 2005-01-08 13:43 | セネガル人ってさ
我が家の正月料理
今年は、数年ぶりに、お正月、夫が日本にいた。かといって、張り切っておせちを準備する、なんて雰囲気は、我が家にはまったくない。

 そもそも、おせち料理。珍味に近くて、冷めた料理ばかり。温かい鍋やおでんには、舌鼓を打つようになれた夫も、おせちは、甘いか、妙な舌触りのものか、冷たい料理(私のイメージでもある)。食べるわけないよな、と、私も、はなから用意しない。

 しかし、新年。いつものわびしいパンとコーヒーの朝食じゃぁ、息子に、申し訳ない。日本の正月イメージがあまりに寂しい。・・・・どうしよっかなー、と思っていた矢先・・・。

 またも、夫。日本に居たら居たで、またも予測不能なお客を呼ぶ。夫曰く、「勝手に来た」と言うが、「今夜、●●が来る。彼らは多分泊まる」と、当夜に言う。もちろん、うちに来る時間は未定。食事をするのかどうかも未定。

こんなことはいつものこと。私も私。驚かない代わりに、何の用意もしないし、構いもしない。

 というわけで、30日。以前、ここでも書いた、セネガルからのバスケット留学生が二人、やってきた。2m以上もある高校生だ。やってきた、といっても、私も息子も寝入った後。いつ来たのかは知らない。朝、起きたら、リビングででかい二人が寝ていた。

 しかし、年末に来るとは。31日といえば、大掃除なんだよ。いつも十分にきれいにしていない分、大晦日には、しなきゃならない掃除は山とある。あ〜、よかったよ。買い物だけでも、30日に済ませておいて・・・。

 で、二人の高校生に2階へ移動してもらって、大掃除開始。夫には「やることやってから、好きなことをするように」と厳しく重圧をかけ、客人が起きてくるまで、しっかり掃除させる。夫は黙って背の高い部分を掃除し、客人が起きてきた3時頃、しれっと、掃除を止め、客人たちの相手を始める。

 そして、大晦日の夜。私は年越しそばを用意してました。(買っただけだが)

 しか〜ぁっっし!!。大晦日の夜には、来日している夫の弟も来訪し、夜の8時頃から何を料理しだしたかと言ったら、「マフェ」(写真)。ま、料理していたのは、夫のみ。マフェって、できるのに時間かかるんだよなー。

 夜の11時半。ようやく、マフェ完成。夫曰く「今まで作ったマフェの中で、最高のでき」らしい(笑)年末年始は、生活リズムがまるで変わってしまった3歳の息子も一緒に、マフェにがっついていた。

 こんなわけで、元旦は、寝坊で始まる。10時頃、朝ご飯。といっても、おせちもお餅もない。私が用意したのは、おから入りホットケーキ。ははは。

 そして、みんな昼過ぎ頃、バラバラに起きてきて、適当にホットケーキを食べ、まったりと時を過ごす。世間のおやつの時間、夫たちはマフェの残りを平らげる。

 そう。今年の我が家の正月料理はマフェ。ちなみに、年越しもマフェ。この先、我が家に、おせち料理が並ぶ正月はあるんだろうか・・・。

 今年も濃い1年になりそうである。・・・・平穏な1年がいい。

(fatou@吉)

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by gattsaf | 2005-01-03 21:56 | レクナ!(たべるのだー!)